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浦和地方裁判所川越支部 昭和51年(ワ)76号 判決

原告 三井金一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 升田律芳

同 黒田英文

被告 学校法人城西大学

右代表者理事 橋本博英

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 平岩新吾

右訴訟復代理人弁護士 牛場國雄

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自各原告に対し、金二〇七七万一、一四四円およびこれに対する内金一一七三万一、二九一円については被告学校法人城西大学、同田村正夫、同佐々木将人は昭和五一年四月一五日から、同古田島達也は同月一八日から、内金九〇三万九、八五三円については昭和五五年五月二三日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告三井金一は、三井保孝(昭和三二年一月二日生、同五〇年九月一日死亡―以下被害者という)の父であり、原告三井ちづ子は、被害者の母である。

被害者は、昭和五〇年八月当時、被告学校法人城西大学(以下被告大学という)一年在学中で、かつ、同大学合気道部(以下合気道部という)に所属していた。

(二)(イ) 被告大学は合気道部を公式の部として承認し、その被用者被告田村正夫(以下被告田村という)、同佐々木将人(以下被告佐々木という)を通じ、教育事業の一環として合気道部の活動をその事業の範囲に含ましめている。

(ロ) 被告田村は、被告大学教授で、かつ、合気道部の部長である。

(ハ) 被告佐々木は、財団法人合気会から師範の免許を受け、合気道部の師範の地位にある。

(ニ) 被告古田島達也(以下被告古田島という)は、昭和五〇年八月当時被告大学四年在学中で、合気道部に所属し、合気道初段を持ち同部の主将の地位にあり、本件事故の際、訴外横田愛明(以下訴外横田という)と組み、同人を投げ飛ばし、被害者と衝突せしめた。

2  事故の発生等

(一) 被害者は、合気道部が昭和五〇年八月二〇日から同月二七日までの間、新潟市一番堀通町三番地の一所在同市体育館武道練習場(以下本件練習場という)において開催した夏期合宿練習に他の部員と共に参加し、同月二五日午前一〇時五〇分ころ、本件練習場において被告佐々木の指導のもとに被告大学二年在学中の部員の訴外大関博文(以下訴外大関という)と組んで四方投げ(予め一方が取り手、他方が受け手となり、前者が後者の手、腕等の関節をとって投げる合気道の技の一つ)の約束稽古の練習中(以下この組を大関組という)取り手である訴外大関から投げられて倒れ、両手をついて起き上ろうとしていた受け手の被害者の右側頭部に、その付近で同じ練習中の被告古田島(以下この組を古田島組という)により投げられた被告大学三年在学中の部員の訴外横田の腰部が衝突し、その結果、被害者は脳挫傷、急性硬膜下血腫の傷害を負い、よって同年九月一日午後五時一五分、死亡するに至った。(以下本件事故という)

(二) 四方投げは受け手の身体を大きく回転せしめて投げ飛ばすところに特徴があり、受け手が空中を飛ぶ速度は極めて早く、また投げ飛ばされる距離は二〇〇ないし四〇〇センチメートル程度にも達するので、その投げ技の威力は柔道の投げ技以上に強大であり、そのため、受け手が投げられた際、他者と衝突した場合には、それによって双方に生ずる打撃力は更に強大になり、その結果一方又は双方の身体に重大な傷害とりわけ本件事故の如き致命的な傷害が発生する危険が常に存在する。

したがって、多人数が参加して一定の限られた練習場において四方投げの練習を行う場合には、受け手と他者との衝突を避けるためには、練習中の各組相互の間隔を充分広くとり、中途での間隔の縮少に意を払い、同時に取り手は投げ技をかけるにあたり投げる方向・場所に他者がいるかどうかを確認し、他者がいる場合には、投げ技をかけるのを中止する以外に方法がない。

本件においては、被告古田島が訴外横田を投げた距離および訴外大関が被害者を投げた距離は、前者が一九〇ないし三〇〇センチメートル、後者が一一五ないし二二〇センチメートルであり、したがって被告古田島と訴外大関の各投げが同時になされた場合、各受け手の衝突を避けるために保たれなければならない間隔は、両者がそれぞれ他者が立っていた方向に向って直線的に投げられた場合なら前記の各距離の合計である三〇五ないし五二〇センチメートル、直線的でない場合なら少くとも約四〇〇センチメートル必要であるところ、古田島組と大関組との間隔は約三四〇センチメートルであったから、本件事故は起るべくして起きたものである。

3  被告らの責任原因

(一) 被告古田島につき

前記2の(一)(二)の事実を総合すると、前記1の(二)の(ニ)のとおり、合気道初段で、かつ、合気道部の主将であった被告古田島には、右線習中訴外横田に対する、投げの動作を開始した時点において、訴外大関が被害者を本件衝突場所に向って投げようとしていること、或いは既に投げ終った状態にあることを、又投げの動作を終了する時点において、投げられた被害者が本件衝突場所で起き上りつつある状態にあることをそれぞれ認識し、訴外横田を被害者の投げられる場所或いは投げられた場所に投げることを中止すべき注意義務が、また仮りに被告古田島において、右の各時点における訴外大関及び被害者に存する右の状況を認識することが不可能であったとすれば、その以前の段階において、古田島組と大関組との間隔が投げをかけるには不充分で危険な状態になっていたことを認識し、直ちに訴外横田に対する投げを中止すべき義務があったのにこれを怠り、本件事故を発生せしめた。したがって、被告古田島には民法七〇九条に基づく責任がある。

(二) 被告佐々木につき

被告佐々木の地位は前記1の(二)の(ハ)のとおりであり、同被告は本件事故の際現場に居合せ合気道部の直接の指導監督を行っていたものであるが、同被告としては本件事故の直前、前記2の(二)のとおり大関組と古田島組との間隔が狭くなった段階において、この状況を認識して、被告古田島に対し直ちに投げを中止させるか、各右両組の練習者に対し、その相互の間隔を広くとることを指示するなど、受け手相互間の衝突を避けるための適切な措置を講ずべき注意義務があったのにこれを怠り、本件事故を発生せしめた。

したがって、被告佐々木には民法七〇九条に基づく責任がある。

(三) 被告田村につき

被告田村の地位は前記1の(二)の(ロ)のとおりであり同被告としては合気道の部長として、部員に対し衝突事故などの防止のため万全の措置をとるように教示し、これを遵守させるなど自らの責務として事故防止のための万全の措置を講ずべき義務が、又後記のとおり合気道部の活動は、被告大学の「事業」の範囲内に属するから、同大学には同部を監督し、その活動において、人の生命・身体の安全を確保し、事故防止のための万全の措置を講ずべき責務があるところ、被告田村の前記地位に鑑みるならば、同被告には被告大学に代って同大学の右責務を遂行すべき義務があったのにこれを怠り、本件事故を発生せしめた。

したがって、被告田村には、民法七〇九条および同法七一五条二項に基づく責任がある。

(四) 被告大学につき

被告大学は、合気道部を被告大学体育会に所属するものとしてこれを公式に承認していることは、前記1の(二)の(イ)のとおりであり、同部に対し、同部が同大学の施設を無償で使用することを許可し、同部の最高責任者である部長には、同大学教授を選任し、同部長により被告大学と同部との円滑な接触を図っていることからすると合気道部の設置とその活動は、被告大学の「事業」の範囲内に含まれているというべきであり、合気道部の活動が被告大学の「事業」の一環として安全に運営されるためには、被告大学には部長および師範の存在が最低限要請されるところ、被告田村は前記1の(二)の(ロ)の地位から当然に、被告佐々木は被告大学から給与の支払いを受けているか否かにかかわらず、被告大学の承認(少くとも黙示の承認)を得てその地位についているものとみるべきであるから、被告大学は被告田村、同佐々木の「使用者」に該当する。

そして本件事故が、被告田村、同佐々木の過失に起因していることは前記(二)(三)のとおりであるから、結局、本件事故は被告大学の前記事業の「執行」につき発生したものである。

したがって、被告大学には民法七一五条一項に基づく責任がある。

4  原告らの蒙った損害

(一) 被害者の損害

(逸失利益)金二七一六万六、二八八円

(イ) 被害者は、昭和三二年一月二日生れの男子で、死亡当時一八才であったから、厚生省昭和四九年簡易生命表によれば、その平均余命は、五四・六七才であり、本件事故にあわなければ、満六七才に達するまで稼動可能であり、したがってその期間は昭和五四年三月被告大学を卒業した同年四月から満六七才に達するまでの四五年間である。

(ロ) 昭和五五年二月当時における男子労働者の全産業、企業規模、学歴を通じての全年齢(一八才より六八才まで)を平均した給与月額は、金二四万九、二〇〇円である。なお右金額は本件事故のあった昭和五〇年九月一日当時より高額であるが、かかる平均給与額が時の経過につれて上昇することは、被告らが予見しもしくは予見しえたものであることは公知の事実である。

(ハ) 独身の男子であった被害者についての将来の生活費の控除は、五〇パーセントとみるのが相当である。

(ニ) 中間利息の控除についてはライプニッツ方式による。

(ホ) 以上に基づき計算すると、被害者の得べかりし利益は

249,200(円)×1.2(月)×(1-0.5)×18.169=27,166,288(円)

となる。

(ヘ) 原告らは前記1の(一)の地位により、前記(ホ)の逸失利益を、その二分の一宛相続した。

(二) 原告らの損害

(イ) 慰藉料 金一〇〇〇万円

原告ら夫婦の間には、長男龍司と被害者の二子であり、右長男は高校卒業後直ちに家業のヤクルト販売業に従事し、大学に進学したのは被害者のみであったから、原告らは、被害者の大学卒業を楽しみにしていたところ、本件事故により突然一八才の若さで被害者を失い、その悲しみは誠に筆舌に尽し難く、その精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ金五〇〇万円が相当である。

(ロ) 葬祭費用 金六〇万円

原告らは共同して被害者の葬祭費用として金一二二万七、三五五円を出捐したのでその内金六〇万円を請求する。

(ハ) 弁護士費用

原告らは共同して本件の解決を本件原告ら訴訟代理人両名に依頼し、その手数料、報酬の額につき各所属弁護士会の報酬会規に則り、その標準額を支払う旨約したが、右報酬会規によれば、前記(一)および(イ)(ロ)の合計金三七七七万六、二八八円の請求金額についての手数料および報酬標準額は、各金二二二万円、計金四四四万円であるところ、原告らはこのうち金三七七万六、〇〇〇円を請求する。

(ニ) 以上前記(一)および(二)の総計 金四一五四万二、二八八円

なお右債権は、原告らについて各二分の一宛の可分債権である。

5  よって原告らは各自被告ら各自に対し金二〇七七万一、一四四円およびこれに対する内金一一七三万一、二九一円については、被告大学、同田村、同佐々木は本訴状送達の日の翌日である昭和五一年四月一五日から、同古田島は本訴状送達の日の翌日である同月一八日から、内金九〇三万九、八五三円については訴状訂正申立書が陳述された日の翌日である昭和五五年五月二三日から、各支払いずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の(一)の事実は認める。

2  同1の(二)の(イ)の事実は否認する。

同1の(二)の(ロ)の事実は認める。

同1の(二)の(ハ)の事実は認める。

同1の(二)の(ニ)の事実は認める。

3  同2の(一)の事実は認める。

同2の(二)は争う。

4  同3は争う。

5  同4の(一)の事実のうち被害者の出生日が昭和三二年一月二日である事実は認め、平均給与が上昇することの予見可能性が公知の事実であるとの点は否認し、その余の事実は知らない。

同4の(二)の事実のうち、原告らの間に長男がいる事実は認めるが、その余の事実は知らない。

三  被告らの主張

1  被告古田島についての不法行為の不成立等

(一)(イ) 本件事故の発生した本件練習場は、一四五畳敷であり、本件事故発生当時同所で練習していたのは合気道部員一八組三六名であるから、一組当りの広さは八畳強となるところ、四方投げ練習についての他道場の広さと一組当りの広さは、被告大学は七五畳敷で一五組(一組当り五畳)、訴外財団法人合気会本部は一〇五畳敷で三〇組(一組当り三畳強)、同合気会川越支部は四八畳敷で一〇組(一組当り五畳弱)、同亜細亜大学は一五〇畳ないし一六〇畳で二〇組(一組当り八畳弱)、同防衛大学校は二〇〇畳敷で三〇組ないし四〇組(一組当り六畳)であり、これらと比較すると、合気道部は余裕のある広さを保持して練習をしていたものであり、また被害者は、昭和五〇年四月合気道部に入部したが、本件事故発生当時、それまでの四ヶ月間師範・先輩らの指導の下に基本技から入ってほぼ四級の実力を有し四方投げは充分習熟しており、被害者を含む合宿者の練習自体には一切無理がなく、同合宿練習の日程も規則正しいものであった。

(ロ) 大関組と古田島組とは当初隣り合わせた場所で充分間合いをとって四方投げの練習を開始し、同練習を何回か繰り返すうち両組の位置を次第に移動したが、その間隔が極度に接近したことはない。

(ハ) 一般に四方投げでは、取り手は、立ったまま腰を一八〇度回転させ、当初自己が背を向けていた方向に向って受け手を倒すため、投げの動作の開始時は、受け手の倒れる方向は見えないが、投げきる直前には、受け手の倒れる方向が視野に入り、受け手は投げられる以前は自己の倒れる方向が見えるが、投げかけられてからはその方向に背を向けるから、その方向を見ることはできず、斯様にその練習中は左右両側や前後の状況が視野に入らないが、それまでの経験・勘及び自然の視野により周囲の状況は自ずと感得することができ、他の組に接近し危険を感じた時は互いに離れることにしている。

(ニ) 訴外横田は投げられる動作に入る時点では自己が倒される方向に大関組がいるのを見ていないことや、大関組との当初の距離(最短距離にして三四〇センチメートル)から何ら危険を感じなかったが、投げられて落ちる直前には被害者が回転し、自己の落下地点にくるのを初めて認め、また被告古田島及び訴外大関は、いずれも腰を一八〇度回転させてから、それぞれ横田及び被害者を投げきる直前には、投げる方向に誰もいないことを確認し、支障がないと考え、おおむね同時に同方向に投げの動作を完了したところ四方投げによる受け手の飛距離は通常一〇〇センチメートル以内であるが、この時たまたま被害者は落ちたその場で直ちに後方受身をとらずに一回転してとったため、落ちた地点から約三〇〇センチメートル後方に移動し、停止したところに訴外横田が落ちてきたものであり、訴外横田としては既に身体が浮いていたため停止、方向変換の措置をとることができず、その背中から被害者の上に乗るような形になって衝突した。

(二) 以上前記(一)の各事実を総合的に考察すると本件事故発生につき被告古田島には不法行為を構成する過失はなく、換言すれば本件事故は不可抗力によるものというべきである。

(三) スポーツは、種類にもよるが激しい身体的活動が中心となるから、大なり小なりその身体に対する危険が伴うことは避けることができず、それ故、スポーツ活動に参加する者は、その活動参加中に生じた事故につき、実施された施設に瑕疵がなく、それぞれの競技が一般的に認められた手段・方法によって実施されていた限り、加害行為がルールに著しく反したり、或いは一般的に許容されていない動作に起因するものでない限り危険を予め受忍することに同意しているものと解するのが相当であり、したがってこのような場合は加害者につき不法行為責任を追求することができない。

2  被告佐々木についての不法行為の不成立

(一)(イ) 本件事故は前記のとおり大学生のスポーツ活動に伴って発生したものであり、大学生は既に知能・体力とも充分に発達していて、学生自身自己の行為およびその結果について自主的に判断する高度の能力を備えており、責任をもって行動し得るものと信頼することができるから大学生のスポーツ活動の指導者は、相当高度の保護監督が要請される小・中・高校における児童・生徒に対する教師など監督者の場合と異り、逐一参加学生の行動と結果について監視をする責務はなく、主として参加学生の技術面の向上に関する助言と指導にあたれば足りるものと解すべきであり、その過程で参加学生の生命身体に危険を生じるような事故の発生が現実的・客観的に予測された場合に、これを未然に防止すべく事前に注意指示を与えれば充分である。

(ロ) 被告佐々木は、昭和四〇年ころ、合気道本部道場に稽古に来ていた被告大学学生らが合気道部の結成に際して同本部に指導者の派遣を要請したことから、被告佐々木が居住地の関係で同本部の指名を受け、前記のとおり合気道部の師範に就任したもので、同就任につき被告大学とは無関係であり、また被告佐々木の合気道部の指導は週一回の外、年二回程度開催される合宿練習の時だけであり、その指導内容は、合気道の技術に関するものに限られていて、一般的な教育に関する事項は含まれておらず、合宿練習の日程・場所等の決定もすべて学生が自主的に行っており、被告佐々木は事後に知らされる状態である。

(ハ) 前記(イ)(ロ)によると被告佐々木の危険防止のための注意義務にも自ずと限度があり、同被告の責任範囲である基礎的な技術指導を充分にしないまま危険な技を実施させ事故を発生せしめた場合は右注意義務違反のそしりを免れないが、本件事故については右注意義務はおよばない。

(二) 仮りに被告佐々木に本件事故防止上注意義務があったとしても、以下のとおり同被告は完全に注意義務を履践した。

(イ) 平素の練習において常に中途半端な練習の危険性を説き、練習開始にあたっては他の組と接触しないため充分な間合いをとることを、練習中においては間合いが狭まった場合、これを中断させるなどして、双方に対し間合いをとることを注意し、道場の広さと練習参加者の数を勘案し、適宜分割して練習させるなどして、一組当りの広さを充分確保することに配慮しており、また受け身をとったあとは危険防止のため素早く立上るよう指導した。

(ロ) 合宿練習においては、朝のトレーニングから全員をチェックし、準備運動から修得ずみの基本技へと移り、その際あらためて被告佐々木と主将である被告古田島が組んで模範演技を披露して注意を喚起し、練習の実施に際しては危険防止の観点から技に充分習熟した上級生を下級生に組合せた外前記(イ)のとおりの注意と指導を施した。

3  被告田村についての不法行為の不成立

被告田村は、昭和四九年四月前任の合気道部長から個人的に依頼され同部部長に就任したもので、同就任につき被告大学・学部・合気道部のいずれとも無関係であり、合気道の練習は全く行ったことがなくまたそのような能力もなく、部員に接するのは懇親会に出席した時だけであり、部長の職務は学校と部との円滑なる接触をはかることにあるが、具体的には、体育会宛に提出する予算書に対する押印、学生からの施設の修繕依頼や体育館の借用願いを被告大学に伝達する程度に尽き、したがって被告田村は合気道部の活動について指導・監督を行うべき職責を有しておらず、練習に伴う事故防止につき万全の措置をとるべき注意義務は本来存在しない。また後記のとおり合気道部の活動は被告大学の「事業」の範囲外のものであるから、同大学には合気道部に対し、事故防止に関してのなんらの責務もなく、かつ、被告田村の右地位からすると同被告には被告大学を代理する地位にはなかったから被告田村には民法七一五条二項の代理監督責任もない。

4  被告大学についての使用者責任の不成立

被告田村、同佐々木に不法行為が成立しない以上、被告大学に使用者責任が成立する余地はない。ちなみに被告佐々木は被告大学の被用者ではない。

なお、合気道部は、被告大学の学生が自主的に運営するクラブ活動の一つとしての運動部組織であり、被告大学が承認、許可したものではなく、いわんやこれを指導したり監督するものではない。しかして被告大学は、同大学が所有、使用している体育館、運動場等の施設を運動部に貸与し、使用することを許し、学友会費の集金、保管を行っているが、これは運動部の構成員が被告大学在籍の学生であることに鑑み、部活動の円滑な進行を図るため、運営の干渉にならないことを配慮しながら外形的な便宜を図っているに過ぎず、以上によると合気道部の活動は被告大学の「事業」の範囲外でありしたがってこの点からみても同大学に使用者責任は成立しない。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

被告らの主張は請求原因で主張した事実に反する部分はすべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の地位

請求の原因1の事実は、その(二)の(イ)の事実を除き当事者間に争いがない。

二  事故の発生等

請求の原因2の(一)の事実は当事者間に争いがない。

三  被告らの責任原因

1  合気道部の組織、本件事故に至る経緯等

右当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると以下の事実を認定することができ、これに反する証拠はない。

(一)  被告大学には、建学精神に基づき、アマチュア精神にのっとり心身を錬磨し、親睦を図り、その成果をもって被告大学の発展に寄与することを目的とした城西大学体育会が置かれ、その中に学生間で構成する運動「各部」と「同好会」が設けられている。

(二)  合気道部は右体育会「各部」の一つとして昭和四一年ころ発足し、「城西大学合気道部規約」をもうけ、同規約上役員として部長、師範を置き、そのうち部長は、合気道に理解ある本学の教授で、幹部会の推挙によって就任し、部員の総意を把握し、学校と部との円滑なる接触を図ることを任務とし、うち師範は、財団法人合気道会より派遣されるものとし、部員に合気道の心技を指導伝授し、部員の人格形成を図る旨定められている。

(三)  被告佐々木は、昭和三九年ころ合気道師範の資格をとり、財団法人合気会に所属し、本部の指名を受けて合気会支部道場、学校、大学等に派遣されて合気道の指導・講義を行っているが、昭和四〇年秋ころ被告大学の数名の同好学生からの指導者派遣方依頼を受けた右合気会本部の指名により前記のとおり合気道部の師範に就任し、以来現在に至るまで、合気道部の技術面での指導にあたっているところ右就任時および以後被告大学からはなんらの相談・依嘱もなく勿論辞令の交付を受けていないし、給料、謝礼等も一切支給されず、単に合気道部から月額金七、〇〇〇円程の謝礼を受けているのみである。

(四)  被告田村は、前記のとおり被告大学経済学部教授であるが、昭和四九年ころ、前任の合気道部の部長の退任に伴い、同部長から個人的に部長への就任を要請され、合気道の知識、技術もないため固辞したが、同部長の、部長の仕事は大学と部との調整役それも新年の鏡開き、卒業生送別会、新入生歓迎会に出席する程度で、技術面のことはすべて師範に任せれば良いとの言辞から、これを受諾し、前記のとおり合気道部の部長に就任したが、右就任時およびそれ以後、被告大学に対し、右就任の届出、これに対する許可、承認等の手続はなん人も全くなしておらず、被告大学からは部長としての報酬、手当等は一切支給されず、これまで合気道部に関してなした仕事といえば、右送別会等への出席、被告大学に対する道場の畳の修理についての折衝程度で、本件合宿については陣中見舞として二日間新潟に滞在したのみであって、部の練習、その他行事の企画・立案・実施等はすべて主将以下部員の自主的な運営にゆだねられ、被告大学は用地・施設の無償提供、クラブ活動費の徴集、保管、体育会への配布等の事務をとり行い、便宜を図っていた。

(五)  前記の夏期合宿練習は、主として新入部員の錬成を目的とするもので、参加者は部員三六名、師範被告佐々木、卒業生一名の計三八名であり、参加者は全員旅館に宿泊し、あらかじめ主将らが自主的に作成した日程(六時起床、準備体操、朝食の後右武道場に通い、午前九時半から一一時半迄、午後は二時半から五時近くまで練習を行い、一〇時、就寝)に従って、飲酒、マージャン等を禁じ規則正しい行動をしていた。なお右日程は、他大学の合気道部の合宿日程と大差のないものであった。

(六)  本件練習場は、一四五畳敷(参加者全員が二人一組となって練習すると一組当りの広さは八畳となる)であり、被告大学道場は八〇畳敷(但し有効面積は七五畳位)で一五組が練習をし(したがって一組当り五畳)、合気会川越支部道場は四八畳敷で一〇組位が練習をし(したがって一組当り五畳弱)、同会本部道場は一〇五畳敷で三〇組位が練習をし(したがって一組当り三畳強)、亜細亜大学道場は一五〇ないし一六〇畳敷で二〇組位が練習をし(したがって一組当り八畳弱)、防衛大学校道場は二〇〇畳敷で三〇ないし四〇組位が練習をし(したがって一組当り六畳)ている。

(七)  本件事故発生当日は前記(六)の日程にのっとり午前九時半から準備運動、前方受身、後方受身(以上が基礎動作)、一教(腕抑え――固め技の基本技の一つ)練習をし、休憩後、先ず全員の面前において被告佐々木、同古田島の四方投げの模範演技が披露されてから部員らは、先輩と後輩と二人一組となり同投げの練習を開始したがこの投げの技は新入部員らにおいても合宿前から相当の練習を積んでいた。

(八)  一般的に四方投げを行うに際しては、各組相互の間隔がおおむね四〇〇センチメートルあれば他の組との衝突回避上安全であるとされているが、右合宿の当初から、練習開始時には被告佐々木、同古田島らにおいて、部員全員に対し他の組との間隔を充分とるよう注意し、さらに練習中は、被告佐々木において全体の動きを監視し、各組間が接近した場合は衝突事故を防止するためその都度全体又はその組の練習を中断させて右間隔を充分とるよう注意した。

(九)  本件事故は被害者が先輩の訴外大関と、被告古田島が訴外横田と各組んで、四方投げの練習中、訴外大関に投げられて、畳に落ち訴外大関の方を向き、両手をついて起き上ろうとしていた大関組の受け手である被害者の右側頭部に、被告古田島に投げられた訴外横田の腰部が衝突して発生したことは前記のとおりであるところ、その際の被害者が畳についた両手迄の距離は訴外大関の踏み出した右足爪から一一五センチメートル、左足爪先から二二〇センチメートル、大関組と古田島組とは直角の位置関係にあってその距離は直線で三四〇センチメートルあり、被害者は投げられ畳に落ちてから一回転して右起き上る姿勢をとった。

(一〇)  四方投げの練習は、通常十数組多いときは数十組が一定の道場で集団的に相乱れて激しく動きながら連続的に投げ合う動作を行い、受け手を特定の方向、場所に投げる約束はなく、主として取り手において適宜、その都度投げる方向、場所、タイミング等を決定しており、四方投げは、取り手が左足をやや左前方に踏み出し両手で受け手の左手首をつかみ、その左腕をあたかも剣の如くふりかぶり、両足を軸に左回りに半回転し、ついで左足を一歩前に踏みだし、切りおろすようにして相手を倒すものであるから、取り手は当初自己が背を向けていた方向に向って受け手を倒すことになり、したがって投げの動作の開始時は、受け手の倒れる方向は見えないが、腰を一八〇度回転させてから受け手を投げきる直前には、受け手の倒れる方向が視野に入ることになる。

(一一)  被告古田島は、大学一年の時から合気道の練習を積み、平素四方投げの取り手をする際は、受け手を投げる場合その投げる方向、場所等を逐一確認せず、投げの動作に入ってから投げ終る瞬間に至る一連の動作の過程で自然的に視野に入ってくる四囲の状況に従前練習で培った経験や勘を働かせ、総合的に安全を確認して動作を続けていたが、これは四方投げの取り手としては極めて一般的方法であり、本件事故発生当時被告古田島と訴外大関は右の方法により共に安全と判断した場所・方向に向って、訴外大関の方が被告古田島より一瞬早いとはいえ、ほぼ同時にそれぞれの受け手を投げたため、本件事故が発生した。

2  過失等の存否

(一)  被告古田島について

(イ) 一般にスポーツを行う際の競技参加者は、当該スポーツで是認されている手段、方法を遵守し、それを逸脱して相手の生命、身体等をみたりに毀損しないようにする一般的注意義務があるが、本件の如き合気道における四方投げの練習は、十数組多いときは数十組の集団が一定の広さの道場で相乱れて連続的に投げ合う動作を繰り返すものであるからその主導権を握る取り手においては受け手を投げる際受け手同士の衝突等不測の事故を惹起せしめないため、各組の間隔を充分広くとり、自己の投げる方向・場所の安全を確認した上、その挙に出るべき具体的注意義務がある。

(ロ) 本件事故が発生した本件練習場は、前記1の(六)で認定したとおりの広さがあり、それは一部の場所との比較ではあるが、他道場のそれより余裕をもつものであること、四方投げの練習における各組の距離は一般に四〇〇センチメートルを必要とするところ本件事故発生当時における被告古田島組と大関組との距離が三四〇センチメートルであったことは前記1の(八)(九)で認定したとおりであり、右によると被告古田島は安全な間隔を保持しなかったものといい得るが、同(一〇)で認定したとおり各組とも練習の過程で相互に激しく動いており、かつ、同(九)で認定したとおり右両組の位置関係がほぼ直角に交差した状態にあったことを考え併せると、右程度の距離をもって狭きに失したものとはいえないこと、取り手は自己の背後の状況の確認は困難であるが、自然的視野に入る四囲の状況をもとに経験と勘をもって安全を確認していることは前記1の(一〇)(一一)で認定したとおりであり、この方法は一見非科学的であることは否定し得ないが、他のスポーツ特に合気道に類似する面を持つ柔道における乱取り稽古もこのような方法で安全を確認していることは顕著な事実であり、被告古田島は訴外横田を投げる際右認定の方法を履践していたことは同(一一)で認定したとおりであること、同(一一)で認定の本件の場合殆んど時を同じくして偶然にも両者の安全と判断して投げた方向・場所が一致して発生したものであること、その他前記1で認定したその余の事実を総合すると被告古田島の本件事故発生時の練習は社会的に許容された方法であり、結局被告古田島には、本件事故発生についての注意義務違反(過失)は存しないものと認めるのが相当である。

(二)  被告佐々木について

(イ) 被告佐々木が師範として部員に主として合気道の技術面の指導を行っており、本件事故発生当時直接現場に立会していたことは前記1の(三)(七)で認定したとおりであり、右によると被告佐々木には練習に付随して一般的に生じる事故を防止する注意義務がある。

(ロ) 本件事故発生当日の練習開始時から練習中にかけて被告佐々木が部員に対し事故防止のための指導と注意を与えたことは前記1の(八)で認定したとおりであり、前記1の(七)(一一)で認定の本件事故は合気道の技術に相当習熟した大学生のスポーツ練習中発生したものであること等からすると、被告佐々木の注意義務の程度は右の指導と注意で充分であり本件の如き事故にまでその防止する注意義務は存しないものというべきであり、以上の点と前記(一)の(ロ)で認定の被告古田島の本件事故発生時練習が社会的に許容された方法であることを総合すると、結局被告佐々木には本件事故発生についての注意義務違反(過失)は存しないものと認めるのが相当である。

(三)  被告田村について

前記1の(一)(四)で認定の被告田村の地位等に鑑みると、同被告は部長とはいえ単に被告大学と合気道部間との連絡調整役に過ぎず、強いていえば管理面からの安全を守る義務―例えば物的施設に安全性を欠く事態が生じた場合被告大学と折衝して善処するなり、また人的な点例えば師範、主将らの人柄、指導力等に問題があれば検討する―が問われる程度のもので、個々の練習面における事故防止を図る注意義務は存しないものと解するのが相当である。

また被告田村の右地位、職責に鑑みると、クラブ活動が被告大学の「事業」に属し、同大学のクラブ活動の安全性確保に関する注意義務の存否ないしはその程度如何の点を論及するまでもなく、被告田村には被告大学を代理して合気道部若しくは同部の活動を監督する地位にあるものとは認め難い。

(四)  被告大学につき

被告佐々木に不法行為の成立要件である過失が、被告田村に過失の前提である注意義務が各存しない以上、その他の要件について検討するまでもなく、被告大学に使用者責任が成立しないことは明白である。なお、前記1の(三)で認定の被告大学と被告佐々木との関係からすると、被告佐々木は被告大学の被用者ではないと認めるのが相当であるから、この点からみても被告佐々木との関係から被告大学に使用者責任は成立しない。

四  結論

以上のとおり、本件事故につき被告古田島、同佐々木、同田村にはいずれも不法行為が、また被告田村の代理監督責任、被告大学の使用者責任がいずれも成立しないから、その余の点につき判断するまでもなく原告らの主張は失当たるを免れない。

よって原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤俊光 裁判官 今井俊介 髙井和伸)

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